沙漠の半島に関する固有名詞(アラビア語から日本語への転写)

 

201356

 

アーアヤス族 (詳細不明)

Al-A'yas

アーイシャ

アブーバクルの娘でムハンマドの最愛の妻

Aisha bint Abu Bakr

 (612 - 678)

عائشة بنت أبي بكر

アイド 詳細は不明、15世紀後期から16世紀の遊牧民の連続した移動の波の中で、下ナジュドに移住、旱魃により17世紀ハルジュに再移住

Al 'A'idh or Al Aidh

العيض أو الأيض

アイヤーシュ

バーハ南13km

Al ‘Ayyash

العياش

アイユーブ朝(1169 1249) 始祖サラディーン(Saladin)

Ayyubids

(1169 1249)

الأيوبيون

أيوبيان

アイン

ヤダマ北48km

Al Ain

العين

アインジャーワーン

カティーフ オアシス近傍の古代からの泉

'Ayn Jawan

عين جاوان

アイン・スックラ 予言者の泉

Ain Sukkrah

 

アイン・ダール

フフーフ北65km、ダンマーム西南西85km

'Ayn Dar

عين دار

アイン・ヒート(ダフル・ヒート)

ヤード南東35km、ハルジュ北西45kmのジュバイル崖地下にある鍾乳洞

Ain Hit or

 

Dahl Hit

عين هيت

دحل هيت

アイン・フワイズ 幸運の泉、カハル山(標高1,794m)の10km位東でアインの少し北西にある山沙漠の中の部落

'Ayn Huwayz

عينالحويظ

アウグストゥス ローマ初代皇帝(27BC – 14AD)

Caesar Augustus

أغسطس

アウサーン王国 南アラビア古代王国(800BC 500BC)

Awsan

مملكة أوسان

アウス族 バヌー・アウス族参照

Banu Aus or

Banu Aws

بنو أوس

アウスブンカッラーム ラフム朝(Lakhmids, 266 - 602)4代王(363 – 368)

Aus ibn Qallam

أوس بن قلام

アウダ・スダイル

マジュマアの南西13km付近から70kmから80km

Awdat Sudayr

عودة سدير

アウユン

ライラの湖沼跡

Al-Ayun

عين

アウレリアヌス 軍人皇帝時代のローマ帝国皇帝( 270 - 275)

Aurelianus or Lucius Domitius Aurelianus

أورليانوس

アエリウス・ガルス ローマのエジプト総督(26BC 24BC)、アラビア フェリクス遠征

Aelius Gallus

أيليوس غالوس

アカバ ヨルダン最南西部の港町

Aqaba or Aqabah

アカバ

急傾斜の谷の上流部分(アスダール参照)

al-'Aqabat

アガールーム ディルムーンに残るマールツウの名前

Agarum

أغاروم

アキーク

バーハ北東40km

Al Aqiq

العقيق

アーキルムラールブンアムル(425 - 458) キンダ王国初代封建君主

Hujr Akil al-Murar ibn Amr

آكل المرار بن عمرو

アクスム王国 エチオピア(Ethiopia or Abyssinia)に栄えた交易国(c. 50 – 940)

Kingdom of Aksum or Axum or Aksumite Empire

مملكة أكسوم

アクラバー平原

ヤマーマの戦い(633)戦場

Plain of Aqraba

عقربة

アケメネス朝

(c. 550–330 B.C.E.)

Achaemenid Empire

الأخمينيون

アサド族 沙漠の半島南部から移動して来て、バーハを拠点とし、24支族に分かれている

Al-Azad or Al-Assad

آل أسد

アジジア・パンダ

サウジアラビア第2工業グループスークーラー(Savola Group)が所有する中東最大のスパーマーケット・チェーンで1978年にリヤードで一号店の営業を始めている。

Azizia Panda United Company

アーシム族 ティハーマ山地の部族

Al-'Asim

アジャー山塊

Jibal Aja

جبال أجا

アシュアル族 カフラーン族支族(詳細不明)

Ash’ar

بنو أشعر

アシュジャア族 ブアースの戦い(617)でハズラジュ族側で戦ったアラブ遊牧民

Ashja

بنو أشجع

アジュマーン族(ウジュマーン族) カフラーン族ハムダーン族バヌーヤーム族の一門でアラビア湾岸のベトウイン部族、イフワーン3部族の1つでもある

Ajman or

Ujman

عجمان

アシュラ

ウラー東南東120km

Al-Ashrah

العشرة

アシュラフ・サイフ・アッディーン・バルスバーイ (1422 1438) ブルジー マムルーク朝第9代スルターン(Rev. 11813)

Al-Ashraf Sayf-ad-Din Barsbay

Burji Mamuluk(1382 – 1517)

الأشرف سيف الدين برسباي

アシュラフ・フサイニーヤ

ラビーア族の言うイエメンから来た祖先

Ashraf al-Husayniyyah

أشرف الحسينية

アシュラール谷 アブハー近郊、場所未確認

'Ashrar

الأشرار

アジュワード・イブン・ ザミール・ジャブリー ジャブリード家の最初で著名な為政者(15世紀後半)

'Ajwad ibn Zamil al-Jabri

أجود بن زامل الجبري

アジュワード族 ムンタフィク族連盟主要3支族の1

al-Ajwad

أجواد

アシール

Asir

عسير

アシール国立公園

Asir National Park

منتزه عسير الوطني

アシール族 アシール山脈の地域部族同盟

Aseer, ‘Asir or

‘Asaryah

عسير

アズィーズィーヤ ダハラーン国際空港の南東で、バハレインコーズウェイ入り口付近

Al Azziziah

العزيزية

アスダール

ジバールサラート(Jibal al-Sarat)の障壁の凄まじく切り立った断崖絶壁(アカバ参照)

Al-Asdar

アズド・ウマーン族 イムラーンビンアムル族のティハーマに移住した支族

Azd Uman

أزد عمان

アズド族(ウズード族)カフラーン族支族の1

Azd

(Uzud)

أزد (أزود)

アズナム砦

ドゥバー南45 k

Qal’at Al Athnam

アスバグビンアムル(カルブ族)

ドゥーマ二次遠征イスラーム受け入れたキリスト教徒首長(626)

Al Asbagh bin ‘Amr

الأصبغ بن عمرو

アズファー

ハーイル北約185km

Adhfa

عذفاء

アスマー

1正統カリフ アブー バクルの娘

Asmā' bint Abu Bakr

(d. 692)

أسماء بنت أبي بكر

アスラブ山 サムード族が移住したマダインサーレ付近の山

Mount Athlab

جبل أثلب

アスラム支族 シャンマル族三大支族の1

Aslam

أسلم

アズラム砦 

ドゥバー南45km

Al-Azlam Fort

アスワド岬

ジェッダ南

Al-Ras Al-Aswad

الرأس الأسود

アスワド山

 

マディーナ東北東180km

Jabal Rik al Aswad

or

Jabal Rik al Awsat

جبال ريك الأسود

جبال ريك الأوسط

アター ウマイヤ朝時代にディーワーン登録者への国庫からの俸給

‘Atā’

عطاء

アターウラ

バーハ北北西30km

Al Atawlah

الأطاولة

アタール(アッタール、イタール)

(アラビアの香り)ターイフ薔薇の中でも強い芳香を発する赤い薔薇

Attar(Rose Oil)

 

アッカド人

Akkad

أكدي

アッサーフ族

ラッス(Rev.11813)

Al Assaf Family

عائلة العساف

アッシュール アモリ王朝群(BC2000 BC1600)1つで、アッシリア最初の首都

Assur

آشور

アッシリア メソポタミア北部を中心とした古代帝国(BC18C - BC7C)

Assyria

الدولة الآشورية

アッバース・イブンアブドゥルムッタリブ(c. 566 – c. 653)

預言者ムハンマドの叔父で、アブーアッバース(721 - 754)の祖先

Abbas ibn ‘Abd

al-Muttalib

العباس بن عبد المطلب

アッバース・イブン・アリー(647 – 680) 第4代正統カリフ アリーとファーティマの息子

Al ‘Abbas ibn ‘Ali

العباس بن علي

アッバース朝(750 – 1258)

Abbasid Caliphate

 

الخلافة العباسية

الدولة العباسية

アッラー(アラー又はアッラーフ)

Allah

الله

アッラート

イスラーム以前アッラーフ3人の娘の1

Allat or Al-Lat

اللات

アッラート バヌーサキーフ族が信仰していた偶像女神

al-Lat

اللات

アッラーフ

アッラー

Allah

الله

アティーフ ターイフ北東100kmのメッカ街道沿いの集落

Ateef

العطيف

アデン

イエメン領沿岸西部のアデン湾に面する港湾都市

Aden

عدن

アデン湾

アラビア半島とソマリア半島に挟まれた細長い湾

Gulf of Aden

خليج عدن

アトゥード・ダム湖

ハミース・ムシャイト南5km

Atud Dam Lake

بحيرة سد عتود

アドゥーマートゥー

(ドゥーマ・ジャンダル)

Adummatu or

Adumatu

أدوماتو

دومة الجندل

アード族 消えたアラブ族の1つでノアの曾孫のアードの一族

Ad or Aad

قوم عاد

アドナーン(BC 122) イシュマエルの長男ナビド子孫でアドナーン族始祖

Adnan

عدنان

アドナーン部族 アラブ化したアラブ族参照

Adnan

القبائل العدنانية

アドワーン

Adwan

Large Arab tribe based Jordan

アナク

カティーフ オアシスの町

Anak, Anik or Inak

عنك

アナザ族又はアニザ族 

ラビーア族の支族

'Anazah,‘Anizzah,

‘Anizah or ‘Anizah

عنزة

アナザ部族同盟 アドナーン部族系譜の部族同盟

Anazzah Confederation

تحالف قبائل عنزة

アニザ アナザ族の父祖、ワエル ビン ハザーンを参照

Anizzah

عنزة

アバー・キバーシュ

ディルイーヤの北方

Aba al-Kibash

أبا الكباش

アハサー

ハサー

Al-Ahsa

الأحساء

アバー・サウード

ナジュラーン旧市街

Abu Seoud or Aba as Sa’ud

Najran (formerly Aba as Sa'ud)

أبا السعود

アバー・ザルア一門 ハニーファ一門で、ムクリン集落の為政者家族で、ラビーア族バヌー・バクル族ハニーファ一門内の一門

Al Aba-Zar'ah or

Al Zar’ah

أبا الزرعة أو أبا الزراع

アハド・マサーリハ

ジーザーン東南東50km

Ahad al Masarah

أحد المسارحة

アハド・ラフィーダ

ハミース・ムシャイト南東20km

Ahad Rafidah

أحد رفيدة

アハマド・イブン・イドリース・ファースィー(1760 – 1837) スーフィズムに基づく社会秩序確立

Ahmad Ibn Idris

 al-Fasi

أحمد بن إدريس الفاسي

アバーヤ アラブ人女性が身につける首から足もとまで覆うマントのような上着

Abaya

アーバール・ナアーム 駝鳥の井戸、カハル山北の部落で同名涸れ谷の源頭

Abar Naam

آبار نعام

アバルハイル朝

ブライダ侯国

Abalkhail Dynasty

آل أبا الخليل

アビシニア

(1137–1936 & 1941–1975)

Abyssinia

(Ethiopian Empire)

أبي سينية

إمبراطورية إثيوبيا

アブー・アジュラム

ジャウフの三叉路

Abu Ajram

أبو عجرم

アブーアッバース・サッファーフ(721 - 754) アッバース朝(750 – 1258)の初代カリフ(750 – 754)

Abu al-‘Abbas as Saffah

أبو العباس السفاح

アブーアリーシュ

ジーザーン東32km

Abu Arish

أبو عريش

アブーアリー島

ダンマーム北西120km

Jazirat Abu ‘Ali

جزيرة أبو علي

アブーアルワ ジェッダ (Jeddah)の西北西70km

Abu Arwa

أبو عروة

アフィーフ(旧メッカ街道)ザリム北東134km

Afif

عفيف

アブーウバイダ

Abu Ubaydah

أبو عبيدة

アブーウバイド

ジスルの戦い(634)ムスリム軍指揮者

Abu Ubaid

أبو عبيد

アブーウライヤーン朝

ブライダ侯国

Abu Ulayan Dynasty

آل أبو عليان

アブカイク

 

ブカイク

Abqaiq

 

Buqayq

أبقيق

アブーカリブ

ツバ アブー カリバ アサド

Abu Karib, Tub'a Abu Kariba As'ad

Hymyanite King(390 – 420)

أبو كرب أسعد الكامل

アブー・サイード・ジャンナービー(855 -.913)カルマト政権創立者

Abu Sa'id al-Jannabi or Abu Sa'id Jannabi

أبو سعيد الجنّابي

أبو سعيد جنّابي

アブーサウード

Abu Seoud

أبو سعود

アブージャフル

バドルの戦いでのメッカ軍司令

Abu Jahl

(d. March 17,624)

أبو جهل

アブースフヤーン

ウマイヤ朝 (661-750)始祖ムアーウィヤ(602 - 680)

Abu Sufyan

 (560 - 650)

أبو سفيان بن حرب

アブー・ターカ

ヒジャーズ鉄道23番駅

Abu Taqah

أبو طاقة

アブー・タグリブ族 アドナーン部族の主要な支族ラビーア族の一門、タグリブ族参照

Taghlib, Banu Taghlib or Taghlib ibn Wa’il

أبو تغلب

بنو تغلب بن وائل

アブダ支族

シャンマル族三大支族の1

Abda or Abdah

عبدة

アブー・ターヒル・スライマーン・ジャンナービー(906 - 944) カルマト派アブーサイードの息子

Abu Tahir Sulayman Al-Jannabi

أبو طاهر سليمان الجنّابي

アブーターリブブンアブドゥルムッタリブ(549 – 619) ハーシム家当主でムハンマドの伯父で育ての親

Abu Talib bin `Abd al-Muttalib

أبو طالب بن عبد المطلب

アフダル山塊

Jabal Akhdar

الجبل الأخضر

アブデュルメジト2 廃位されたオスマン帝国最後のカリフ(1922 – 1924)

Abdul Mejid II(1868 – 1944)

عبد المجيد الثاني

アブドゥッラー

Abdullah

عبد الله

アブドゥッラー・イブン・アブドゥルムッタリブ(545 - 570) 預言者ムハンマドの父

Abd Allah ibn Abd al-Mutalib

Abdullah ibn Abdul-Muttalib

عبد الله بن عبد المطلب

アブドゥッラー・イブンアリー 750年に大ザーブ河畔でマルワーン2世を大敗させたアッバース革命軍司令官

Abdullah ibn Ali

عبد الله بن علي

アブドゥッラー・イブン・サアド・イブン・アビー・サルフ エジプト総督(7世紀)ムスリム軍ヌビア遠征(642)マストの戦い(655)ムスリム軍司令官

Abdullah bin Sa’ad bin Abi’l Sarh

عبد الله بن سعد بن أبي السرح

アブドゥッラー・イブン・サウード(1814 – 1818) 第一次サウジ公国(1744 - 1818) 4代イマーム

Abdullah ibn Saud

عبد الله بن سعود

アブドゥッラー・イブン・ジルウィー

初代東部州知事

Abdullah ibn Jiluwi

عبد الله بن جلوي

アブドゥッラーイブン・ズバイル(624 - 692) イブンズバイル参照

Abdullah ibn

 az-Zubayr

عبد الله بن الزبير

アブドゥッラーイブンタラール ハーイル ラシード朝第12代首長ムハンマドの兄弟

Abdullah bin Talal

عبد الله بن طلال

アブドゥッラーイブン・ドゥハイミシュ

アナザ部族の有名な系譜学者で歴史家

Abdullah Ibn Duhaimeesh Ibn

 Abbar Al Fadaani

عبد الله بن دهيمش بن عبار الفداني

アブドゥッラー・イブン・ファイサル・イブン・トゥルキー(1865 1871 & 1871 1873)

第二次サウジ公国(1824 - 1891)2代イマーム ファイサルの息子

Abdullah ibn Faisal ibn Turki

عبد الله بن فيصل بن تركي

アブドゥッラー・イブン・フサイン(1882- 1951) トランスヨルダンのアミール(1921 – 1946)後にヨルダン王(1946 - 1951)

Abudullah I bin al-Hussein

عبد الله الأول بن الحسين

アブドゥッラーイブンミトウブ(1920 – 1921) ハーイル・ラシード朝第11代首長でイブン・サウードに降服

Abdullah bin Mitab

عبد الله بن متعب

アブドゥッラー・イブン・ムハンマド(d. 1725-6)

Abdullah ibn

 Muhammad

عبد الله بن محمد

アブドゥッラーイブンラシード(1836 – 1848) ハーイル ラシード朝初代首長

Abdullah ibn Rashid

عبد الله بن رشيد

アブドゥルアズィーズ イブン・ミトウブ(1897 – 1906) ハーイル ラシード朝第6代首長

Abdul Aziz bin Mithab (MItab)

عبد العزيز بن متعب

アブドゥルアズィーズ ・イブン・ムハンマド・イブン・サウード(1765 – 1803)

第一次サウジ公国第2首長イマーム

Abdul Aziz Ibn Mohammed Ibn

 Saud

عبد العزيز بن محمد بن سعود

アブドゥルカイス族又はアブドゥルカイスアドナーン族 アドナーン部族ラビーア族の支族

'Abd al-Qays, Abdul Qays or Abdul Qays Adnani Tribe

عبد القيس

عبد القيس أو قبيلة عبد القيس العدناني

アブドゥルカイス族同盟 アブドゥルカイス族を中核とし、東アラビアおよびバハレインでのカルマト派支配を退け、ウユーニード朝(1076 - 1235)を樹立

Abd al-Qays or Abdul Qays Confederation

عبد القيس أو تحالف عبد القيس

アブドゥルカイス部族連盟

アドナーン部族系譜の部族同盟

'Abd al-Qays Confederation

تحالف عبد القيس

アブドゥルマリク・イブン・マルワーン(647 705) ウマイヤ朝第5代カリフ(685 705)中興英主

Abd al-Malik ibn Marwan

عبد الملك بن مروان

アブドゥルムッタリブ・イブン・ハーシム 預言者ムハンマドの祖父(c. 497 -578)

‘Abd al-Muttalib or Abdul al-Muttalib or Shaiba ibn Hashim

عبد المطلب بن هاشم

アブドッラフマーン・アンサーリー博士 サウード大学の考古博物学科の元学部長

Dr. Abdul Rahman Ansari

عبد الرحمن الأنصاري

アブドッラフマーン1(731 788)

後ウマイヤ朝(756 – 1031)始祖

Abd ar-Rahman

عبد الرحمن

アブドッラフマーン・イブン・アウフ

第二次ドゥーマ遠征指揮官(628)

Abdur Rahman bin ‘Awf

عبد الرحمن بن عوف

アブドッラフマーン・イブン・ファイサル (1875 – 1876 & 1889 – 1891) 第二次サウジ公国(1824 – 1891)最後のイマーム

Abdul Rahman ibn Faisal al Saud(1850 – 1928)

عبد الرحمن بن فيصل

アブドッラフマーン3(889 961) 後ウマイヤ朝第8代アミールで初代カリフ(912 929 - 961)

Abd ar Rahman III

عبد الرحمن الثالث

アブー・ナイヤーン リヤード南涸れ谷ハーにあるディーラーブ ゴルフ場のオーナー

Abunayyan

アブーヌマイイ メッカシャリーフ(1525 1583) アブーヌマイ二世 Abu Numay II1525 – 1583)或はアブルヌバジ(Muhammed Abul-Nubaj bin Barakat,1525–1583) とも転写

Abu Numayy

أبو نمي

アブハー

Abha

أبها

アブーバクル・スィッディーク

初代正統カリフ(632 - 634)

Abu Bakr

the Caliph Abu Bakr Al-Siddiq

أبو بكر

アブーハドリーヤ

ダンマーム西北150km

Abu Hadriyah

أبو حدرية

アブー・ハニーファ(699 767)

イスラーム法スンニー ハナーフィ学派の創設者

Abu Hanifa

أبو حنيفة

アブー・フィダー(Abulfida, 1273 - 1331) アイユーブ朝(Ayyubid)の王子で、武将、政治家、歴史家、地理学者

Abu’lfida

أبو الفداء

アブーフダイク(d. 692) ハワーリジュ派のウマイヤ朝への反乱でのナジュダ後継者

Abu Fudayk

أبو فديك

アブーマアン カティーフ オアシスの町

Abu Maan

أبو اساني

アブームスリム・ホラーサーニー(c. 700 – 755) 秘密教宣員(ダーイー)の1人「ムハンマド家のアミール」

Abu Muslim Khorasani

أبو مسلم الخراساني

アブラ(旧メッカ街道)ザリム北東154km

‘Abla

عبلة

アブラク・カブリート

カフジ西南西60km、ナイーリーヤ西北西90km

Abraq al Kabrit

أبرق الكبريت

アフラージュ

現在のライラ

Aflaj

أفلاج

アブラージュ・ベイト・タワーズ メッカに建つ高さ601mのホテル・タワーを含む高層ビル群

Abraj Al-Bait Towers

アブラク城

タイマー市街地南西部

Qasr Al Ablaq

قصر الأبلق

アブラハ・アシュラム(d. 553)

アクスム王国南アラビア総督

Anraha al-Ashram

أبرهة الأشرم

アブラハム

聖典の民の始祖、最初の預言者

Abraham or Ibrahim

إبراهيم

アフラームー

アラム人の遊牧民

Akhlamu or

Aramaean

الأخلامو

アブル イエメン領マンワフ西にある現在の涸れ谷ア(Al Wadi' Ah)と思われる水井戸

Al Abr

العبر

アブル・アッバース アブーアッバース参照

Abu'l Abbas

أبو العباس السفاح

アブールウルウフィールーズ 644年ウマルに瀕死の重傷を負わせたペルシア人奴隷

Abu Lulu Fieroz

أبو لولو فيروز

アフルファイファー族 ティハーマ山地に住む部族

Ahl Fayfa

أهل فيفاء

アマク

クンフザ南南東84km

Amaq

عمق

アマーリーク族 消えたアラブ族の1

Amalekites, Amalek or 'Amaliq

عماليق

アマーリーク族同盟 パレスチナから北アラビアまで広がっていた遊牧民部族同盟で、消えたアラブ部族の1

Amalekite or Amalek

 Confederation

عماليق أو تحالف العماليق

アマーリーサ族 空白地帯西部に住むベドウイン

Amalisah

عماليسة

アマール

ウナイザ南南東70km

Al ‘Amar

العمار

アマルナ文書

Amarna Letters

رسائل تل العمارنة

アーミナ

ムハンマドの母

Aminah bint Wahb (died 577)

آمنة بنت وهب

アーミラジュザーム族 カフラーン族の支族、パレスチナへ移住

‘Amila Judham

Banu ‘Amila and Banu Judham

بنو عاملة، جذام

アミール

司令官、総督

Amir or Emir

أمير

アーミル

徴税官又は行政官

‘Amil

عامل

アーミルイブンサア族、アーミル族、バニーアミール族又はバヌーアーミル族 バヌー・アーミル族参照

'Amir ibn Sa'sa'ah, ‘Amir, Bani ‘Amir or Banu ‘Amir

عامر بن صعصعة، عامرية أو بنو عامر

アーミルイブンサウサア族同盟

バヌー・アーミル族同盟を参照

'Amir ibn Sa'sa'ah

 Confederation

اتحاد عامر بن صعصعة

アーミーン 本当に、信義にあつい、信用できる(キリスト教のアーメン)

Amin

آمين

アムラーキー族 沙漠の半島からシリア方面のアラブ族を統括した部族で、アラブ女王ゼノービヤー(267 – c. 274 AD)父から族長を継承

Amlaqi Tribe

(one of the four original tribes of Palmyra)

قبيلة عملاقي

アムルイブンアース(c. 573 – 664)

ムスリムのエジプト征服軍司令官

‘Amr ibn al-‘As

عمرو بن العاص

アムル・イブン・アディー

ラフム朝(266 - 602)初代国王(266 295)

'Amr ibn Adi ibn Nasr ibn Rabia ibn Namarah ibn Lakhm

عمرو بن عدي

アムル・イブンアミールマルトゥーム

カフターン族の子孫でマーリブダムの持ち主、ザイド族の父祖

Amro Ibn Amir Al-Maltoum

عمرو بن أمير الملتوم

アムル・イブン・イムル・カイス

ラフム朝(Lakhmids, 266 - 602)3代王(328 - 363)

‘Amr ibn Imru’ al Qays

عمرو بن امرؤ القيس

アムル・イブン・ザルブ(ユーリウスアウレリウスゼノビウス アラブ女王ゼノービヤー(267 – c. 274 AD) の父で、遊牧民アムラーキー族の族長、ザバーイ(ザッバイ)との転写もある

‘Amr ibn Zarab or Julius Aurelius Zenobius

عمرو بن الظرب

アムルイブンヌウマーン

ブアースの戦い(617)のハズラジュ族側同盟指揮者

Amr ibn al-Numan

عمرو بن النعمان

アムル・イブンラヒー・フザーイー 170年頃フバル神カアバに安置したクザーア族長

Amr ibn Lahi al-Khuza’i

عمرو بن لحي الخزاعي

アムル人

アモリ人はその主神アムルの名でも呼称

Amurru

أموريون

アムル族

カフラーン族タイイ族支族ファドル族の流れ

Al-‘Amr

آل عمرو

アムルマンスールイブンフジュル(458 – 489) キンダ王国第2代封建君主

Amr al-Mansur ibn Hudjr

عمرو المنصور بن حجر

アモリ又はマールツウ 紀元前3000年紀後半にユーフラテス川西域で権力を握った北西セム語を話す諸部族

Amorites

الأموريون

アラー・イブン・ハドラミー リッダの戦い(634)ハサーへのムスリム援軍司令官

Al-'Ala ibn al-Hadrami

العلاء بن الحضرمي

アラウィー(ヌサイリー派)

「アリーに従う者」

Alawis, Alawites or Nusayris

علوية

نصيريون

アラバ渓谷

大地溝帯一部(死海・アカバ湾間)

Arabah Valley

وادي العربة

アラビアフェリクス幸福なアラビア又は富裕なアラビア

Arabia Felix

جزيرة العرب فليكس

アラビア湾

ペルシア湾

Arabian Gulf

الخليج العربي

アラファート山

Mount Arafat

جبل عرفات

アラブ化したアラブ族 アドナーン・アラブを指し、そう呼ばれている

Arabized Arabs

العرب المستعربة

アラブ族

Arab or Arubu

عرب

アラブ湾

アレクサンドリア西の比較的広い湾

Arab Gulf

الخليج العربي

アラム人 駱駝による遊牧や隊商貿易で紀元前2,000年紀の強力な部族

Aramaeans

الآراميون

アラム語

Aramaic

アラワー(アルワ) 新旧メッカ街道の間

Arawa or Arwah

عروى

عروة

アリーイブンアビーターリブ

4代正統カリフ(656 – 661)

Ali ibn Abi Talib

(c.600 – 661)

علي بن أبي طالب

アリーイブンムジャースィル・ムガイディー 19世紀から20世紀にかけて、バニー・ムガイド族で一番著名な人物

Ali ibn Mujathil Al-Mughidi

علي بن مجاثل المغيدي

アリーイブンムハンマドイドリーシー 1930年ティハーマのサウジ領編入同意

Ali ibn Muhammad al-Idrisi

علي بن محمد الإدريسي

アリー家 シャンマル族の最初の支配者一門

Al-Ali

آل علي

アーリダ ジーザーン東北東60km

Al-Aredah

العارضة

アリード地区 リヤード及びその一部

Al Arid

العريض

アリー・ブン・フサイン1924年の逃亡したターイフ防衛部隊指揮者

Ali bin Hussein

علي بن حسين

アルアル

Ar’ar

عرعر

アル・カーイダ スンニー派ムスリムによるイスラーム過激派

al-Qaeda

 

القاعدة

アルカム族 アシール族傘下の部族

'Alkam Tribe

قبيلة علكم

アルコバール

ダンマーム近郊、コバル参照

Al-Khobar

الخبر (مدينة)

アルダ オマーン西国境付近中央(飛行場あり)

Ardah

عردة

アルターウィヤ マジュマア北70km

Al Artawiyah

الأرطاوية

アルダシール1(224 - 240) サーサーン朝(224 651)の始祖

Ardashir I

أردشير الأول

アルパド ネオヒッタイト国家群の1(BC 8C)

Arpad (It is modern Tell Rifa’at, Syria)

أرباد

アールビンアリー族 ムダル族バニースライム ビンマンスール族カファフ一門バニーウトバ族ウトゥーブ族の同族

Al Bin Ali

آل بن علي

アルファ山 メッカ東数キロ

Jabal ‘Arfah

جبل عرفات

アルマア族 カフターン部族出身(確認出来ず)

Alma'

ألمع

アルマア・アドナーン・バニーハーリサ カフターン部族から分かれたと云う(確認出来ず)

Alma' 'Adnan Bani Harithah

ألمع عدنان بني حارثة

アルマアイブンイディ カフターン部族の分かれアザド族構成員(詳細不明)

Alma' ibn 'Idi

ألمع بن عدي

アルマ崖地(ウルマ崖地)

イルク バンバン北東側

'Armah Escarpment or

‘Urumah Escapment

العرمة

アレクサンドリア

Alexandria

الإسكندرية

アレクシオス1世コムネノス

東ローマ帝国コムネノス朝初代皇帝(1081 – 1118)

Alexius I Comnenus

ألكسيوس الأول كومنين

アレタス1(c. 168BC) 初代ナバテア王

Aretas I or Harthah

حارثة

アレタス4(9BC AD40) 「ナバテア王で、人民の友」

Aretas IV

حارثة الرابع

アレッポ(ハラブ)

シリア第2の都市

Aleppo or Halab

アワーズィム族

'Awazim

العوازم

アワス谷およびシャーシア谷

アブハー近傍、位置未確認

al-'Awas Valley and

Shas'ah Valley

وادي الأوس ووادي شاسع

アワーミーヤ

カティーフ オアシスの町

Al Awamiyah

(Awamia)

العوامية

アワーミル族 空白地帯東部に住むベドウイン

Awamir

عوامر

アンサール族 預言者ムハンマドに協力したマディーナの住民(622)

Al Ansar

الأنصار

アンタル

ドゥバー南南東105km

Antar

عنتر

アンバート王国

ナバテア王国(紀元前4世紀から106)

Anbati

Nabataean kingdom

مملكة الأنباط

アンマール

ダワースィル族同盟ザイド族の一門

Al-Ammar clan

آل عمار

アンマール族 ラビーア・アドナーン部族の1

Anmar

أنمار

アンム 古代カタバーン王国で崇拝された月の神

Amm

عمو

イェニチェリ大隊(ジャニッサリー)オスマン帝国スルターンの精鋭部隊

Janissaries, Janissary or

Yeniçeri

إنكشارية

イエメン

Yemen

اليَمَن

イカーマ

居留証

iqama

إقامة

イーサーウィヤ

クライヤート南東100km

Al-Isawaiyah

العيساوية

イサク

イシュマエルの異母兄弟アマーリークの曾祖父

Issac

إسحاق

イシャーシュ

マディナー北175km

Al ‘Ishash

العشاش

イシュマエル アブアラハムとハガルの息子、アラブ化したアラブ族祖先

Ishmael

إسماعيل

イシン

メソポタミア南部古代都市国家(BC 20th C)

Isin

إيسن

イスマーイール

Ismail

إسماعيل

イスマーイール派

別名7イマーム派、8世紀に興ったシーア派一派

Ismailism

 

Isma'ili

الإسماعيلية

الإسماعيليون

イスラ

クライヤート東15km

Ithrah

إثرة

イスラーム

Islam

الإسلام

イスラーム征服(632 - 732)

Muslim Conquests, Islamic

 Conquests or Arab Conquests

الغزوات

イスラーム帝国

(サラセン帝国、大食

Caliphate

الخلافة الإسلامية

イッズ・アッディーン・アイバク バフリー・マムルーク朝第2代スルターン(1250 1257)

Izz al-Din Aybak

عز الدين أيبك

イッビシン ウル第三王朝第五代で最後の王

Ibbi Sin

ابي سين

イード・アドハー

ハッジ最終日

Eid al-Adha

イード・フィトル 

ラマダーン明けの祝日

Eid al-Fitr

イドリーシー族 イドリース朝末裔が率いたティハーマに住む部族で、イドリーシー首長国 (1906 - 1934)樹立

Al-Idrisi

الإدريسي

イドリース朝(789 – 985) アリーとファーティマの血を引くイドリースがマグリブのベルベル人に受け入れられ、開いたシーア派王朝

Idrisid Dynasty

 founded by Idris ibn Abdallah(788 – 791)

سلالة الأدارسة

イヌーナ

ドゥバー北12km

‘Inunah or Aynunah

عنونة

イブ イエメンのヤリム(Yarim)南、レダン(Redan)ともティファール(Tifar)とも呼ばれる古代ジファール(Zifar)

Ibb

إب

イフシード朝(941 - 974) ナイル谷支配をアッバース朝から引継ぎファーティマ朝に滅ぼされるまで続けた

Ikhsids or Ikhshidid (935 – 969)

الإخشيديون

イブラーヒーム

Ibrahim

إبراهيم

イブラーヒーム・パーシャー(1789 - 1848)

イブラーヒーム・パシャ

Ibrahim Pasha

إبراهيم باشا

イフラーム 二切れの継ぎ目のない白い布の巡礼用の衣裳(Dress of Pilgrimage)

Ihram

イフリーキヤ

マグリブ東部

Ifriqiya or Ifriqiyah

أفريقية

イフワーン(イクワーン)

イブン・サウードに組織された改革ベドウイン兄弟組織

ikhwan

الإخوان

イブンアイド又はハサンアリーイブンアイド アブハ首長でアシールの支配者(1917 1919)

Ibn Aid or Hasan Ali Ibn Aid

الحسن علي ابن عيد

イブンアウン

1817年以降エジプト軍率いてアシール制圧

Ibn Awn

ابن عون

イブンアブドッラー

シャラン家の一員でマンフーハ為政者(d. 1726)

Ibn Abdullah

ابن عبد الله

イブンアミール イブンサウードのアシール首長、涸れ谷ビーシャの戦い(1810/1811)で勝利・死亡

Ibn Amir

ابن أمير

イブンウマル

ティハーマの王(1814/1815/1834)

Ibn ‘Umar or Shareef Hamud ibn 'Umar

ابن عمر

イブンサウード(アブドゥルアジーズアブドゥルアズィーズ)イブン・サウード) (1876 - 1953)

Ibn Saud

King Abdul-Aziz of Saudi Arabia

ابن سعود

イブンスハイム 18世紀中頃のリヤードのカーディー

Ibn Suhaym

ابن سحيم

イブンズバイル(624 - 692)

第二次内乱(683 692)を起こす

'Abd Allah ibn

 al-Zubayr

عبد الله بن الزبير

イブンダリム族 カフターン部族系譜のリジャール・アルマア族同盟傘下の部族

Ibn Dhalim Tribe

قبيلة ابن دليم

イブン・ディルア ハニーファ一門ハナフィー族ムルダ一門ディラア族首領

Ibn Dir'(15th Century)

ابن درع

イブン・ハッバース緑地

バーティン西北西185km

Rawdat ibn Habbas

روضة ابن هباس

イブン・ムハンマド(ハムード・イブン・ムハンマド)

19世紀初めにティハーマで独立、涸れ谷ビーシャの戦い(1810/1811)で敗北

Ibn Muhammad or

 

Hamud ibn Muhammad

ابن محمد

حمود ابن محمد

イブンムルジャム

661年クーファでアリーを暗殺

Ibn Muljam

Abd al Rhaman ibn Muljam

ابن ملجم

イマーム

シーア派指導者

Imamah

(Shia’s Leader)

إمام

イマーム

スンニー派指導者

Imam

(Sunni’s Leader)

إمام

イマームアハマド 1948年、イマームヤフヤーの暗殺により後継

Imam Ahmad

إمامة أحمد

イマームファイサル

(1785- 1865) 2次サウジ公国第2代首長

Imam Faisal

إمامة فيصل

イマームヤフヤー(ヤハヤー或はヤヒヤー) (ヤフヤー・ハミード・アッディーン) 

ムタワキエ王国 (Mutawakkilite Kingdom of YemenQasimi Dynasty, 1918 - 1962)の初代国王

Imam Yahya

 (1869—1948) or Yahya Muhammad Hamidaddin

يحيى حميد الدين

イムラーク族

複数形のアマーリーク族参照

Imlaq

عملاق

イムラーンイブンアムル族 カフラーン族 アズド族の一門

Imran bin Amr

イムルカイス・イブン・アムル ラフム朝(266 - 602)建国者アムルの息子第2代王(295 - 328)

Imru’ al Qais ibn ‘Amr or

Imru’ al Qays ibn ‘Amr

إمرؤ القيس بن عمرو

イムルカイス・イブン・フジュル・キンディー

ナジュドキンダ王国(425 528)建国者フジルの息子で6世紀の詩人

Imru’ al Qais bin Hujr Al Kindi

إمرؤ القيس ابن حجر الكندي

イヤード アドナーン部族の1

‘Iyaad

عياض

イヤードビンガーンム カーリドと共にイラク攻撃部隊の2人に指令の1(634)

‘Iyad bin Ghanm

عياض بن غَنْم

イラク

Iraq

العراق

イラサルス族 ストラボン著地理書にラッマニタエ部族の親族との記述

Ilasarus

إيلاسروس

イラム族 消えたアラブ部族の1

Iram

إرم

イルヤース クルアーンに記載された預言者

Elias

イルカ

リヤード外交団地の対岸

Irqah

عرقة

イルクバンバーン

Irq Banban

عرق بنبان

イルク・リスマ

イルク バンバーン北部分

Irq Rithmah

عرق الرثمة

イルク・ワーディー

涸れ谷ダワースィル上流

Irq al Wadi

عرق الوادي

イルド 涸れ谷ハニーファの旧名でもあり、この谷にあった町

Al Irdh

العرض

イルヤースエリヤ イスラエル王国(サマリア)の預言者BC 9th C)

Ilyas(Elijah)

إلياس

ウアイテ カザイル(d. BC675)の息子でケダール族を後継したが、民が叛乱

Uaite'

عويط

ヴァスコガマ(1460 or 1469 1524)

ポリトガルの航海者で探検家

Vasco da Gama

فاسكو دا جاما

ヴァハリズ サーサーン朝ホスロー1(531 – 579)のイエメン占領軍司令官

Vahriz

وهرز

ウァレンス 東ローマ皇帝(364 – 378)

Julius Valens Augustuas

فالنس

ウィルフレッドセシジャー(1910 - 2003)

英国探検家、ルブア・ハーリー沙漠を二回縦断

Wilfred Thesiger

ويلفريد ثيسيجر

ウカイル

ハサー オアシスの港

Al Uqayr

العقير

ウカイル朝(990 1096) バヌーウカイル族がイラクのモスルを首都として樹立したシーア派王朝

Uqaylid Dynasty

عقيليون

ウクダ

ハーイル西10km隠れ里

Uqdah

العقدة

ウクラスクール

ブライダ西南西186km

Uqlat As Suqur

عقلة الصقور

ウサイリー

ヒジャーズ鉄道34番駅

Uthayli

ウサーマ・ビン・ラーディン(1957 - 2011)

アルカエダ

Osama bin Laden

أسامة بن لادن

ウシャイキル

シャクラー北西11km

Ushayqir

أشيقر

ウシュシャ 巣を意味するライス族の半円小屋

'Ushshah (Nest)

عشة

ウスフーリード朝(1253 - 1440)

バヌーウカイル族が樹立

'Usfurid dynasty

عصفوريون

ウスマーンイブンアッファーン

3代正統カリフ(644 - 656)

Uthman ibn Affan

عثمان ابن عفّان

ウスマーン・イブン・ハマド・ムアンマル

18世紀中頃のウヤイナの為政者

'Uthman ibn Hamad Al Mu'ammar

عثمان بن حمد المعمر

ウスマーンムダイキー 1812年頃のターイフ僭主

‘Uthman al-Mudayiqi

عثمان المضيقي

ウスマーニーヤ

フフーフ南西30km

Al Uthmaniyah

العثمانية

ウスマーン・イブン・ハマド・ムアンマル 1744年ムハンマド イブン アブドゥル ワッハーブを放逐したウヤイナ支配者

'Uthman ibn Hamad Al Mu'ammar

عثمان بن حمد آل معمر

ウスル 困難を表し、アドナーン族の古いアシール住人の名

al 'Usr

العسر

ウタイバ族 スンニー・ムスリム部族同盟、イフワーン3部族の1

Otaibah or ‘Utaybah

Confederation

عتيبة

ウダイリーヤ

フフーフ南西35km

Al Udhailiyah

العضيلية

ウッザー

アッラートとマナートと共に最高神アッラーフの三人娘の一人で、この名は強力や権力を意味する

Al-‘Uzza

العزى

ウトゥーブ

ムダル族バニースライムビンマンスール族カファフ一門バニーウトバ族の支族

'Utub

العتوب

ウナイザ

Unayzah

عنيزة

ウハイディル・イブン・アブドゥルマリク

キンダ部族出身の封建君主(ドゥーマ・ジャンダル)

al-Ukhaidir bin 'Abd

al-Malik (Abdul Malik) al Kindi

(7th Century)

الأخيضر بن عبد الملك

ウバイドイブンラシード(1836 – 1848) ラシード家(ハーイル)初代首長アブドゥッラーの弟

Obaid ibn Rashid

عبيد بن آل رشيد

ウバイド文化

Ca. 6500BC 3800BC

Ubaid culture

العبيد

ウバイドッラーマフディー(909 934)  ファーティマ朝(909 -1171)の始祖

Ubayd Allah al Mahdi Billah or Abdullah al Mahdi Billah

عبيد الله بن الحسين المهدي

ウバイラ

空白地帯中心部飛行場有り

Ubailah

Al Ubaylah

العبيلة

ウバーダ一門 ウカイル朝(990 1096)崩壊後バヌー ウカイル族から分離、南イラクに定住

‘Ubadah

عبادة

ウバール又はウバー 「伝説の失われた都市」オマーン ズファール地方

Ubar

إرَم ذات العماد

ウフドの戦い マディーナ北方5kmで行われたクライシュ族とムハンマド軍の戦い

Battle of Uhud

(March 625

غزوة أحد

ウマイヤ朝

Umayyad Dynasty

(661 – 750) or

Umayyad Caliphate

الخلافة الأموية

بنو أمية

ウマル・イブン・ハズム

632年ムハンマドが改宗の為、ナジュラーンに派遣

Omar ibn Hazm

عمر بن حزم

ウマルイブンハッターブ 第二代正統カリフ(634 644)

Umar ibn al-Khattab

 

عمر بن الخطاب

ウマル・ファールーク

真実と虚偽を判断する人

Omar al Faruq

عمر الفاروق

ウムシャール

ソドムの林檎の略称

Um Shar

أم شار

ウムル

ワジュフ南南東170 km

Umluj

أملج

ウヤイナ

リヤード北西30kmの村

Al ‘Uyaynah

عيينة

ウユーニード王朝(1073 – 1253)

アブドゥルカイス族が樹立

‘Uyunid dynasty

الدولة العيونية

ウユーン

フフーフ北25km

‘Uyun

العيون

ウユーン・アフラージュ

ライラ南15km湖沼跡

‘Uyun Aflaj

عيون الأفلاج

ウラー

マディーナ北380km

Al-`Ula

العلا

ウライイラ ダンマーム西南西135kmナイーリーヤ南南東170km

‘Uray’Irah

عريعرة

ウライヤーン家

(ウラヤーン家)

Al-Olayans

العليان

ウラバ

バーハ北95km

Al Ulabah

العلبة

ウラマー

イスラームにおける実質的な聖職者(異論もある)

'Ulama

علماء

ウル ウリムとも呼ばれる古代メソポタミアのシュメール人都市

Ur or Urim

أور

ウルーク沙漠

Uruq

عروق

ウルーク・シャイバ

Uruq Ash Shaybah

عروق الشيبة

ウルーク・スバイウ

メッカ街道南のメッカ州境

Uruq Subay

عروق سبيع

ウルーク・ムウタリダ

サウジ南東のオマーン国境

Uruq Al Mutaridah

العروق المعترضة

ウルーク・ムンダファン

ハシュム・グラーブ南東70km

Uruq al Mundafan

عروق المندفن

ウルーク・ルマイラ

ダフナー沙漠南端の延長部

'Uruq ar Rumaylah

عروق الرميلة

ウル第三王朝(BC22 21 Century)

3rd Dybasty of Ur

سلالة أور الثالثة

ウルマ台地

(アルマ台地)

Al Urumah

or 'Armah

العرمة

ウワイキーラ

ラフハ西北西145km集落

Al Uwayqilah

العويقلية

ウワール又はアワール

(バハレイン島の古代名)

Uwal or Awal

(Bahrain Island)

أوال

ウンマ

イスラーム共同体(国家)

Umma Islamiya

أمة

أمة إسلامية

ウンムアシャル・シャルキーヤ

Umm Ashar

Ash Sharqiyah

أم عشر الشرقية

ウンムアスラ

ハラド南113km

Um Athlah

أم أثلة

ウンム・カスル

イラク南東部

Umm Qasr

أم قصر

ウンム・クルスーム・ビント・ムハンマド

ムハンマドの娘

Umm Kulthum bint

Muhammad

أم كلثوم بنت محمد

ウンム・サミーム

Umm al Samim

أم الصميم

ウンム・ジマル ヨルダン北部の村

Umm el-Jimal

Mother of Camels

ウンム・ジャマージム

ハファルバーティン南185km

Umm al Jamajim

أم الجماجم

ウンム・ドゥーム

ワフバ火口南東

Umm al Doom

أم الدوم

ウンム・ナアサーン島

コバルとバハレイン間

Umm al Na’san Island

جزيرة أم نعسان

ウンムバイダー族 アシール部族同盟傘下、居住地名が部族名、但し、居住地は、アブハー周辺であるが、場所は、未特定

'Umbaidah

أم بيضاء

ウンム・ビース

ライス東南東50km(紅海)

Umm Al Bis

أم البيس

ウンム・ラデュマ層

始新世の石灰岩層

Umm al-Radhumah Formation

أم الردومة

エサルハドン(681BC – 669BC)

新アッシリア王国絶頂期を統治した王で、センナケリブの末子

Esarhaddon

أسرحدون

エジプト・ワッハーブ戦争又はオスマン・サウジ戦争(1811 – 1818)

Egyptian – Wahhabi War or

 Ottoman - Saudi War

مصري – الحرب الوهابية أو العثمانية – الحرب السعودية

エドム

南レヴァントで、ユダヤの地や死海の南

Edom

إدوم

エドム人

ネゲブ沙漠やアラバー渓谷住んだセム語を話す部族で後、ペトラヘ居住(11th C BC 1st C AD)

Edumaea or Edom

إدوميون

エベル セムの曾孫でフードともよばれるペレグとヨクタンの父

Eber (Hud)

عابر

エラム人 金石併用時代南西イラン都市国家BC 1940ウル第三王朝滅ぼす

Elam or Elamites

عيلام

エリヤ 旧約聖書に登場するユダヤ人預言者

Ilyas, Elijah or Elias

إيليا

エンボ

現在のヤンブー

Yenbo

ينبع

ウサーマ・ビン・ラーデン 2001911日の同時多発テロを首謀したアルカーイダ司令官

Usama bin Laden

オクデュード又はウフドゥード ナジュラーンの古代都市、現在は博物館

Al-Okhdood or

Al-Ukhdood

الأخدود

オスマン帝国(1299 1923)

Ottoman Empire

الدولة العثمانية

オダエナトゥス(260 - 267) パルミラ国(260 - 273)建国

Septimius Odaenathus or

 Odenatus

سبتيموس أذينة

オッピドゥム ローマ軍露営のための塀のある軍用キャンプ

Oppidum

 

オブホル入り江

ジェッダの北

Obhor Creek

أبحر كريك

オボダス2(30BC – 9BC) ナバテア王国文化が花開いた時代

Obodus II

عبادة الثاني

オマーン

Oman

عمان

オムール ダワースィル族同盟タグリブ族の一門

Al-Omoor clan

بنو عمرو

カーア

ビーシャ南86 km

Al Qa’

القاع

カーア・ハダウダー(ハダウダー河床

マディーナ東南東40km付近

Qa’ Hadawda

قاع حضوضاء

カアバ神殿

Ka'bah

الكعبة

カイサーン派

イスラーム教の初期時代に存在したシーア派

al-Kaysānīya

الكيسانية

カイス・イブン・サアラバ アドナーン部族ラビーア族アブーバクル族(バクル イブンワーイル族)の一員

Qays ibn Tha’laba

قيس بن ثعلبة

カイスイブンマスウードイブンタグリブ アドナーン族の一員で、カイス・マナージル族の父祖

Qays ibn Mas'ud ibn Taghlub

قيس بن مسعود بن تغلب

カイス族又はカイス・アイラーン族

ムダル族の支族

 

Qais or Kais

 

Qais Ailan

قيس

قيس عيلان

カイス島

(キース島)

Qays Island

Persian Klsh

جزیره کیش

カイスーマ

Hafar al Batin東南東18km

Al Qaysumah

القيصومة

カイス・マナーズィル族 カフターン部族系譜のリジャールアルマア族同盟傘下であるが、祖先はアドナーン族

Qays Manazil Tribe

قبيلة منازل قيس

カイス山

リジャルアルマア県、県庁シュアバイン南5km

Qays Mountain

*

جبل قيس

カーイド

ハーイル北35km

Al Qa’id

القاعد

カーイヤ

アフィーフ東北東76km

Al Qa’iyah

القاعية

ガイヤサート ダワースィル族同盟ザイド族の一門

Al-gheiathat clan

الغييثات

ガイラーナ

リヤード北東80km

Al Ghaylanah

or Al Ghilanah

الغيلانة

カウズ

クンフザ東南東30km

Al Qawz or Al Quz

القوز

ガウル

リガワ東13km

Gawl

الغول

ガザ パレスチナの都市

Gaza

غزة

カザーイル(d. BC675) ケダール族の王

Khaza’il

خزايل

ガザーヤル ターイフ東南東95km

ターイフから道路沿いに84km

Gazayal

غزايل

ガシュラ

バールラスマル北56km

Gashrah

غشرة

河床(カーア)

 

River Bed

(Bottom, Plain, Gulf)

قاع

カスアム族

カフラーン族の支族(詳細不明)

Khath’am

الخثعم

カスアム族 アシール部族同盟傘下、居住地名が部族名、但し、居住地はアブハー周辺であるが、場所は未特定

Kath’am

الخثعم

ガースィバ 涸れ谷ハニーファ内ディルイーヤ対岸

Ghasibah

غاسبة

カースィミー朝 ムタワキエ王国(1918 - 1962)アリーイブンアビーターリブ 4代正統カリフ(656 – 661)の子孫

Qasimi Dynasty

 

Plural :Al Qawasem

القاسمي

القواسم

カスィム州

 

Al Qasim Province

القصيم

カースィム大帝(1597 – 1620) マンスールカースィム参照

Qasim the Great

قاسم العظيم

カスィール族 カフラーン族タイイ族バヌー・ラーム族の支族

Al Kathir

الكثير

ガズラーン

ダンマーム北北西50 kmの海岸

Gazzlan

غزلان

カスル・アシラワート

ハーイル西南西30km

Qasr Al-Ashirawat

قصر العشروات

カスル・イブラーヒーム

フフーフ内

Qasr Ibrahim

قصر إبراهيم

カスル・サーニア

Mada’in Salih

Qasr as Sani

カスルサフード

ムバラズの砦

Qasr Sahud

قصر سهود

カスル・ナシュミー

Qasr al-Nashmi

قصر

カスル・ビント

マダーイン・サーリフ

Qasr al-Bint

ﺖﻨﺒﻟاﺮﺼﻗ

カスル・ファリード

マダーイン・サーリフ

Qasr al-Farid

カスル・フザーム

フフーフ内

Qasr Khuzam

قصر خزام

カターダイブンイドリース(1130 - 1220)

Qatada ibn Idris

 

قتادة بن إدريس

カタバーン族

カフターン部族古代イエメン4族の1つ、王朝(4th C BC AD200)

Qataban Kingdom

 

Qatabanians

قتبانية

مملكة قتبان

ガタファーン族 塹壕の戦い(627)に加わった大きなイスラーム以前のアドナーン系部族で、ムタイル族の核となった

Ghatafan or Banu Ghatafan

بنو غطفان

ガダーラート(c. 200)

アクスム国王で西イエメンも支配

Gadarat or DDRT

غدارات

カタール

Qatar

قطر

カターン

ナジュラーン北65km

Qatan or Qattan

قطان

ガッザーラ

ハーイル西南西90km

Al Ghazzalah

الغزالة

ガッサーン族

バヌー・ガッサーン族参照

ガッサーン朝

(3rd 7th Century)

Ghassan

 

Ghassanids or

Ghasasinah

غسان

غساسنة

ガッサーン族連合

ガッサーン朝を中核とした部族同盟

Ghassanids

الغساسنة

カッファ

クルミア半島フェオドシヤ

Kaffa or Caffa

Feodosiya

كفة

فيودوسيا

カーディー(判事)

Qadi

قاضي

カーディシーヤの戦い(636)

イラク獲得

Battle of

 al-Qadisiyyah

معركة القادسيّة

カティーフ

Al Qatif

القطيف

カーディム

バーハ東南東55km

Al-Qadim

القادم

カート(カット) アルカロイドの一種カチノンCathinone(S)-1-フェニル-2-アミノ-1-プロパノン)が含まれており、新芽の葉を噛むことで高揚感や多幸感が得られる

Khat, Qat or Qatt, Cathe edulis

ガート

リヤード北西230kmジルフィー南35km

Al-Ghat

الغاط

カドカーダ

涸れ谷ハブーナ下流

Al Qadqadah

القضقاضة

カトナー

アモリ王朝群(BC2000 BC1600)1

Qatna

قطنا

カドワ山

アブハー近郊(未確認)

Qadwah Mountain

جبل قدوة

カーナー

アデンの港

Qana

قانا

カーナー家

Kanoos

كانا

カナート

灌漑用の地下水路

Qanat

القناة

カハー

ターイフ南東85km

Qaha

قها

カハファ

ナイーリーヤ南西18km

Al Kahfah

الكهفة

カハマ ビルク南南東28km

Al-Qahmah

القحمة

カハマ海岸

ティハーマのビルク南南東25kmにある小さな湾

al-Qahmah

القحمة

カハル山

ジーザーン北北東90km

Jabal Al Qahar

جبل القهر

カハル山

タスリース南南東55km

Jibal Al Qahar or Jibar Alqahr

جبال القهر

カビーラ

種族、部族

Qabila

(Qabila means tribe.)

قبيلة

カーフ

クライヤート北東10km

Kaf

كاف

ハファーフ一門(カファーフ一門) ムダル族バニースライムビンマンスール族の一門

Khafaf*

خفاف

カーフィル

不信心者

Kafir or Kuffar

كافر

カブカブ山

Jabal Kabkab

جبل كبكب

カフジ

Al Khafji

الخفجي

カブシャーン

カーイヤ北西62km

Kabshan

كبشان

カフタバ

アッバース革命軍のタイイ族武将

Kafutaba

كافتابا

カフターン部族(カフターニ部族)

純粋のアラブ族参照

Qahtan or Qahtanite

قحطان

قحطانيون

カフマ ビルク南南東55km

 

Al-Qahmah

ガフラーン一門 カフラーン族ハムダーン族バヌーヤーム族の駱駝遊牧支族ムッラ族(マッラー族)の一門

Al Ghafran

آل غفران

カフラーン族

カフターン部族をヒムヤル族と2

Kahlan

كهلان

ガーミド・ズィナード

バーハ南53km

マアカス

ムウカス参照

Ghamid Az Zenad

 

Al Mu’aqas

 

غامد الزناد

المعقد

ガーミド族 カフラーン族支族、バーハを拠点とし、ザハラーン族と親戚

Ghamid

غامد

神の家(カアバ神殿

(バイトアティーク)

House of God or

bayt al-'atiq

البيت العتيق

カーミル

ジェッダ北東110km

Al Kamil

 

الكامل

カムハ海岸 ティハーマ海岸の一部

al-Qamhah

ガムラ山

アブハー近郊(未確認)ジーザーン州に同名の村

Ghamrah Mountain

جبل غمرة

カヤード

クンフザ南南東63km

Kayad

كياد

カーラ

サカーカー南12km

Qurah

قارة

カーラ

アハサーオアシス東の村

Qarah

قارة

カラアー国立公園

Asir National Park

 

Al Qara’a

متنزه عسير الوطبي

القرعاء

カーラ山

フフーフ東10km

Jabal Qarah

جبل قارة

カーラハイラーン ウラー北北東約100kmに位置する紀元前2,000年頃にベドウインが作った墳墓

Qarat al Hayran

قارة الحيران

カーラ・ハサーン タイマー南50kmで、Plat El Hayraneのある平頂山

Qurah al Hasan

قارة الحصان

カラムスタファパシャ (1634-1683) オスマントルコの大総督

Kara Mustafa Pasha

كارا مصطفى باشا

カラール

ダルブの東6km

Qarar

قرار

カラーン島

アブー アリ島北北東40km

Karan

 

جزيرة كران

カリーウ

ハッダード・バニー・マーリク15km

Al Qari’

القريع

ガリエヌス(c.218 - 268)  軍人皇帝時代のローマ帝国の皇帝(253 260 268)

Publius Licinius

Egnatius Gallienus

كالينوس

カリカット

インド ケララ州アラビア海に面する港湾都市

Calicut

كاليكوت

ガリサ

バーハ東南東50km

Al Gharisah

الغرسة

カリージ村

アラビア湾の意味

Khaleej Village

الخليج العربي

カリーバ

ファジル三叉路南南東15km

Al Qalibah

القليبة

カリフ

(ハリーファ)

Caliph

Khalifa

خليفة

カーリブ

アクスム(Axum, c.100 – c.940)(c. 520)

Kaleb

كالب

カーリブ・アクスム国王(c. 520)

King Kaleb of Aksum

الملك كالب

ガリーフ

ジェッダ北北東130km

Al Gharif

 

الغريف

カリーヤ

 

クライヤ

 

ウヤイナ

 

タブーク北西75kmの遺跡

Qariyah

 

Qurayyah

 

‘Uyaynah

カーリヤ

アブハー東南東40km

Al Qariyah

القارية

カーリア山 アブハー近郊キサン谷(Kisan Valley)の中央部

Al-Qariyah Mountain

القارية

カルア・アズナム

ドゥバー南東48km

Qal'at Al Athnam

قلعة الأذنم

カルア・アフダル

ヒジャーズ鉄道30番駅、マダインサーレへ192km

Qaal’at al Akhdar

قلعة الأخضر

カルア・サウラ

ウラー南東80km

Qalat As Sawrah

قلعة الصورة

カルア・ハッジ

No. 16のキャラバンサライ

Qalat El-Haj

カルア・ブライカ

ヒジャーズ鉄道25番駅、マダインサーレ北74km

Qaal’at al Buraykah

قلعة البريكة

カルア・ムアッザム

ヒジャーズ鉄道27番駅、マダインサーレ北126km

Qaal’at al Muazzam

قلعة المعظم

カルカル

涸れ谷シルハーン、カーフ西

Al Qarqar

القرقر

カルナーウ

イエメン北西の涸れ谷ジャウフ東端で、サイハド沙漠西の端

Karna, Qarnawu or Qarnaw

قرناو

カルブ族

バヌー・カルブ族参照

Kalb or Banu Kalb

كلب

カルマト派

カルマティア派

カラーミタ派

Qarmat

Qarmatians

Qaramita

قرمط

قرامطة

カルヤ・ウルヤー

ナイーリーヤ西75km

Al Qaryah Al Ulya

القرية العليا

カルヤザートカフル

カルヤファーウの旧名

Qaryah dhat Kahl

قرية ذات كهل

カルヤハムラーウ

楽園都市

Qaryat al-Hamraa

قرية الحمراء

カルヤファーウ ナジュラーン北北東289 kmダワースィル南80 km

Qaryat al Faw

قرية الفاو

涸れ谷アイン

ビルク北10kmへ東から

Wadi al Ayn

وادي العين

涸れ谷アウカル

涸れ谷ザフカーン上流部

Wadi al Awqar

وادي الأوقر

涸れ谷アウサト

涸れ谷ニサーフ支流

Wadi al Awsat

وادي الأوسط

涸れ谷アウス

スーダからシバインへ

涸れ谷ハリー上流部右股で最近はカウス渓谷として紹介されている。12/12/31

Wadi Al 'Aws

 

Qaws valley

وادي العوس

涸れ谷アキーク

ターイフへ北北東から流入

Wadi al Aqiq

وادي العقيق

涸れ谷アキーク

マディーナへ南から流入

Wadi al Aqiq

وادي العقيق

涸れ谷アキーク 涸れ谷ダワースィルの古代名

Wadi al Aqiq

وادي العقيق

涸れ谷アサバ マフワーから西南西

涸れ谷アフサバ

Wadi Al Ahsabah

وادي الأسبة

涸れ谷アシュラグ

ハダードとバラフラフ間の涸れ谷

Wadi Al Ashrag

وادي الأشرغ

涸れ谷アズナム

ドゥバー南45 km

Wadi Al Aznam

وادي الأزنم

涸れ谷アトゥード

ハミース・ムシャイトへ南から

Wadi Atud

وادي عتود

涸れ谷アトク

ウルマ低地に流れ込む

Wadi 'Atk

وادي العتك

涸れ谷アバー・キザーズ

ドゥバー南南東90km

Wadi Aba Al Qizaz

وادي أبا القزاز

涸れ谷アバー・カウル

アルアル南南東50km

Wadi Aba al Qur

وادي أبا القور

涸れ谷アファール

アカバ湾東10 25km

Wadi ‘Ifal or

Wadi Afal

وادي عفال

涸れ谷アフダル

南東からタブークへ

Wadi al Akhdar

وادي الأخضر

涸れ谷アズナム

ドゥバー南東45km

Wadi Al Aznam

وادي الأزنم

涸れ谷アーブハー

涸れ谷ビーシャ支流アブハーから北東へ

Wadi Abha

وادي آبها

涸れ谷アブヤド

南からビイル・イブン・ハルマース西80 km

Wadi Abyad or Abiod

وادي الأبيض

涸れ谷アマク

クンフザ南南東84kmのアマクへ東から

Wadi  Amaq

وادي عمق

涸れ谷アルアル

アルアルへ西南西から

Wadi Arar

وادي عرعر

涸れ谷アルジャー

ワジュフ南南東25km

Wadi al Arja

وادي العرخا

涸れ谷アルジュ

マハド・ザハブからマディーナ方面

Wadi Al ‘Arj

وادي العرج

涸れ谷イトワド

アブハーから南西にイトワドへ

Wadi ‘Itwad

وادي عتود

涸れ谷イーハル

タスリース南南東55kmカハル山から東へ

Wadi Iharah

وادي إيهر

涸れ谷イフリーリー

アブハーの涸れ谷ディリア上流部

Wadi Ihlili

وادي إحليلي

涸れ谷イルド

涸れ谷ハニーファの古代名

Wadi al-'Ird

وادي العرض

涸れ谷イヤー ビーシャ(Bishah)郡の最も古代遺跡の豊富な場所の一つである。タヌーマとナマース東約30km

Wadi ‘Iya

涸れ谷ウトル 現在はリヤード市街地となっている涸れ谷バサの古代名

Wadi al-Wutr

وادي الوطر

涸れ谷ウラー

ウラーを流れる谷

Wadi Al ‘Ula

وادي العلا

涸れ谷カーア  涸れ谷ビーシャ左股の涸れ谷ヒルジャーブがサマフで分岐した左股

Wadi Al-Qa’

وادي القاع

涸れ谷カサーン

ガリサから涸れ谷ランヤへ

Wadi Khathan

وادي الكثان

涸れ谷ガッラ

ターイフ南東涸れ谷ブワー支流

Wadi Garrah

وادي الغرة

涸れ谷カヌーナ

バルジュラシーから下り、北東からクンフザへ

Wadi Qanunah

وادي قنونة

涸れ谷カハド

涸れ谷ルマ北西からの枝谷

Wadi Qahad

وادي قهد

涸れ谷ギーラーン

涸れ谷ダワースィルの東端

Wadi al Ghiran

وادي الغيران

涸れ谷クズル

涸れ谷クラ(村の谷)(ウラー渓谷)

Wadi al Kuzr

وادي الكظر

涸れ谷クッラーン

リヤード地区

Wadi Qurran

وادي القران

涸れ谷グワイル

涸れ谷アサフィル ヒスマー山塊からタブーク北へ

Wadi al Ghuwayl

Wadi Asafir

وادي الغويل

涸れ谷ザイタ

ザイタからビイル・イブン・ハルマース方面へ

Wadi Az Zaytah or

Wadi Az Zetah

وادي الزيتة

涸れ谷ザイダーン

ナマース北12km、タルジ支流

Wadi Zeydan

وادي زيدان

涸れ谷サッラーヒー

ザリム東北東195km

Wadi as Sarrahi

وادي الصراحي

涸れ谷サドル

タブーク南西80km付近

Wadi Sadr

وادي صدر

涸れ谷ザフカーン

北東からドゥバーへ

Wadi Zahkan

وادي ظحكان

涸れ谷サーフーク

涸れ谷ルマのアスワド山付近を源頭とする支流

Wadi Sahuq

وادي ساحوق

涸れ谷サフバー

 

Wadi as Sahba

وادي السهباء

涸れ谷ザフバーン

ビルク熔岩地帯南ティルクへ

Wadi Dhahban

وادي ذهبان

涸れ谷サマーラ

カハル山北から涸れ谷ダワースィル方面

Wadi as Samarah

وادي السمارة

涸れ谷サルワ

ドゥバー北東50km

Wadi Saluwah

وادي سلوة

涸れ谷ジズル

ラッハ・ウワイリド熔岩地帯西

Wadi al Jizl

وادي الجزل

涸れ谷ジフィン

涸れ谷ルマ西からの枝谷

Wadi al Jifin

وادي الجفن

涸れ谷シャイラ

ハダードとバラフラフ間の涸れ谷

Wadi Al Shaylah

وادي الشيلة

涸れ谷ジャウフ サダ、バラケッシュを含むイエメン北西部

Wadi al Jawf

وادي الجوف

涸れ谷ジャーシュ

南西からタスリースへ

Wadi Jash

وادي جاش

涸れ谷シャック

アブラク カブリートから北のワフラ方面へ

Wadi Shaqq

وادي الشق

涸れ谷ジャブジャブ 水槽の谷、タスリース北東80kmキイラの北を南南東から北北西へ

Wadi Jabjab

وادي جبجب

涸れ谷ジャリール

涸れ谷ルマ南西からの枝谷

Wadi Jareer

وادي جرير

涸れ谷シュウバ マルワ山南を東から西の後、北西に転じマディーナ方面へ

Wadi Shu’abah

وادي شعبة

涸れ谷スィターラ

ジェッダ北北東135km付近

Wadi Sitarah

وادي ستارة

涸れ谷スィッラ

ザリム東北東170km

Wadi As Sirrah

وادي السرة

涸れ谷スィリ

ヤダマ上流域から空白地帯方面へ

Wadi as Silil

وادي السليل

涸れ谷スィルジュージュ

ランヤ北55kmを東へ

Wadi Sirjuj

وادي سرجوج

涸れ谷スィルハーン

Wadi'l-Sirhan

وادي السرحان

涸れ谷スダイル

Wadi Sudayr

وادي سدير

涸れ谷スッフン 涸れ谷タスリース右叉

Wadi Thufun

وادي الثفن

涸れ谷スバイウ

フルマからスバイウ砂丘帯へ

Wadi Subay

وادي سبيع

涸れ谷スラート

バーハから涸れ谷ランヤ

Wadi Thurat

وادي ثرات

涸れ谷ダイリア

ハーイル市内を二分する(rev. 11813)

Wadi Dayri’

وادي الديرع

涸れ谷タスリース

Wadi Tathlith

وادي تثليث

涸れ谷タバブ

スーダからシャルマ、タバブを通りムハーイルへ

Wadi Tabab

وادي طبب

涸れ谷タバーラ

サブト・ウラーヤーから涸れ谷ビーシャ

Wadi Tabalah

وادي تبالة

涸れ谷ダブサー

東北東からビルク北10kmのダブサーヘ

Wadi Dabsa

وادي دبساء

涸れ谷ダフバーン

ビルク熔岩地帯ティルク北

Wadi Dahban

涸れ谷ダーマ ドゥバー北東50 km涸れ谷サルワの本流でドゥバー南東30kmに北東から

Wadi Damah

وادي دامة

涸れ谷ダム

タブーク北25km西から東

Wadi Damm or

Wadi Dam

وادي ضم

涸れ谷タラール

マルワ山付近を源頭とする涸れ谷ルマの支流

Wadi Talal

وادي طلال

涸れ谷タリーブ

涸れ谷ジャーシュの左叉

Wadi Tarib

وادي الطريب

涸れ谷タルジ

涸れ谷ビーシャの支流

Wadi Tarj

وادي ترج

涸れ谷ダワースィル

Wadi al Dawasir

وادي الدواسر

涸れ谷ディリア

アブハーから南へ

Wadi Dili' or Wadi Dala’

وادي ضلع

涸れ谷テンダハ 涸れ谷ビーシャ(Wadi Bishah)の最上流部

Wadi Tendaha

涸れ谷トゥルバ

南西からトゥルバへ

Wadi Turbah

وادي تربة

涸れ谷ナアーム

駝鳥の谷、アーバール・ ナアームを源頭として北へと下る涸れ谷サマーラの支流

Wadir Naam

وادي نعام

涸れ谷ナジュラーン

Wadi Najran

وادي نجران

涸れ谷ナマー

カハー分岐(サイヤーダ)南

Wadi Namah

وادي نماة

涸れ谷ニサーフ

涸れ谷サフバー支流

Wadi Nisah

وادي نساح

涸れ谷ハー

リヤード南ディーラーブ ゴルフ場のある谷

Wadi Ha

وادي الحا

涸れ谷バイシャ

サラート・アシール南部からバイシャ

Wadi Baysha

وادي بيشة

涸れ谷バイハーン

イエメン南部中央西

Wadi Baihan or

Baihan Valley

وادي بيحان

涸れ谷ハウタ

 

涸れ谷ハリーク

涸れ谷サフバー支流

Wadi Hawtat

 

Wadi Al Hariq

وادي حوطة

وادي الحريق

涸れ谷バサー 涸れ谷ウツル(Wadi al-Wutr)とも呼ばれ、現在はリヤード市内

Wadi al-Batha

وادي البثاء

涸れ谷ハッラ

バラフラフから南へ

Wadi Al Harra

وادي الهرة

涸れ谷バーティン

Wadi al Batin

وادي الباطن

涸れ谷ハナク ハダウダー河床からマディーナ

Wadi al Khanaq

وادي الخنق

涸れ谷ハニーファ

Wadi Hanifa

وادي حنيفة

涸れ谷バハー

ターイフ南東涸れ谷ブワー支流

Wadi Baha

وادي بهاء

涸れ谷ハフィヤーン

涸れ谷カヌーナ右叉

Wadi al Hafiyan

وادي الحفيان

涸れ谷ハブーナ

Wadi Habunah

وادي حبونة

涸れ谷ハムド

河口はワジュド南南東45km

Wadi Hamd

وادي حمض

涸れ谷ハラー 130127Rev

クンフザQunfudhah70km付近を流れる涸れ谷ヤバー(Wadi Yabahの支流

 

Wadi Hala

涸れ谷ハラータ 南オマーン中央部の涸れ谷

Wadi Al Khlata

وادي الخلاطة

涸れ谷ハリー

ビルク熔岩地帯の西側から北側

Wadi Hali

وادي حلي

涸れ谷ビーシャ

Wadi Bisha

وادي بيشة

涸れ谷ヒッル

ラフハ西北西135km

Wadi al Khirr

وادي الخر

涸れ谷ビルク

涸れ谷サフバー支流

Wadi Birk

وادي البرك

涸れ谷ヒルジャーブ

ビーシャから分岐する涸れ谷ビーシャの左股

Wadi Hirjab

وادي هرجاب

涸れ谷ヒルムール

シャイーブ・ダースの支流

Wadi Hirmul

وادي هرمول

涸れ谷ヒンウ

Wadi al Hinw

وادي الحنو

涸れ谷ブアイジャー

ハーイルから南へ流れる

Wadi al Buayja

وادي البعيجاء

涸れ谷ファイハーン

ラフハの西北西10km

Wadi Fayhan

وادي فيحان

涸れ谷ファジュル

タブーク東120km

Wadi Fajr

وادي فجر

涸れ谷ファーティマ

東北東からジェッダ南へ

Wadi Fatimah

وادي فاطمة

涸れ谷ファルシャ

涸れ谷ランヤと涸れ谷ビーシャを合わせた涸れ谷ダワースィルの支流

Wadi al Farshah

وادي الفرشة

涸れ谷フシャイビー

バーティン西北西220km

Wadi al Khushaybi

وادي الخشيبي

涸れ谷フッル ハラット フタイムからの涸れ谷ハムドの支流、メディナ北165km

Wadi Al Hurr

وادي الحر

涸れ谷フムーダ

ターイフ東

Wadi Humudah

وادي الحموضة

涸れ谷フルマ

南南西からフルマへ

Wadi Khurmah

وادي الخرمة

涸れ谷ブワー

ターイフ南東90km

Wadi Buwa

وادي بوا

涸れ谷マスナーフ

ターイフへ西から、現在はマシュナーフ通り

Wadi Mathnah

وادي المثناه

涸れ谷マヒート

クファイフ熔岩地帯南へ東から

Wadi al Makhit

وادي المخيط

涸れ谷マフウィル

ハダードとバラフラフ間の涸れ谷

Wadi Mahwer

وادي محور

涸れ谷マヤ

スダイルのジャラジル付近

Wadi al Mayah

 

وادي المية

涸れ谷マラバー

涸れ谷イトワドの左叉

Wadi Maraba

وادي مربا

涸れ谷ミフリム

ターイフとハダー間を北へ

Wadi al-Mihrim

وادي محرم

涸れ谷ミヤー

南からナイーリーヤへ

Wadi al-Miyah

وادي المياه

涸れ谷ミヤー

ワジュフ南南東12km

Wadi al Miyah

وادي المياء

涸れ谷ムサイリク ハイバルジャヌーブを流れる涸れ谷タスリースの支流

Wadi Al Musayriq

وادي المسيرق

涸れ谷ムフィイタ

バドルフナインを通り紅海へ

Wadi Mufiytah

وادي مفيطة

涸れ谷ムーリー

涸れ谷タルジの上流部

Wadi Mulyh

وادي موليه

涸れ谷ヤバー

バニー・アムルとナマース間の稜線から西のカウズへ

Wadi Yabah

 

وادي يباه

涸れ谷ラカマフト

ターイフ南東涸れ谷ブワー支流

Wadi Rakamakht

وادي ركمخت

涸れ谷ラーシュ

バーハから南へ

Wadi Rash

وادي راش

涸れ谷ラニヤ

アブハー北50kmから北へ

Wadi Raniyah

وادي رنية

涸れ谷ラービグ

ラービク内陸

Wadi Rabigh

وادي رابغ

涸れ谷ラム

アカバ東60km

Wadi Ram

وادي رم

涸れ谷ランヤ

サラトからランヤ経由スバイウ砂丘南へ

Wadi Ranyah

 

وادي رنية

涸れ谷リシャー

ナフード シュカイカ南南東

Wadi ar Risha

وادي الرشاء

涸れ谷リーム

東北東からシュガイクへ

Wadi Rim

وادي ريم

涸れ谷リーム

マディーナ南40km付近

Wadi Reem

وادي ريم

涸れ谷リーヤ

ターイフから東12km

Wadi Liyyah

وادي لية

涸れ谷ルマ

Wadi ar Rumah

وادي الرمة

涸れ谷ワッジュ

Wadi Wajj

وادي وج

ガワール油田

Ghawar Oil Field

حقل الغوار

カンスー・ガウリー

マムルークスルターン(1510)

Qanso Al-Ghori

قانصوه الغوري

カンスーフ・ガウリー(1501-1516)

ブルジー マムルーク朝(1250 - 1517)のスルターン

Qansawh al-Ghawr or

Al Ashraf Qansuh al Ghawri

قنصوه الغوري

カンナース泉

ハサー オアシスのすぐ北

'Ayn Qannas

العين القناص

(ジナ島)

カンナ島

ラスズール南5km

Jinnah

Qannah

 

جزية قنة

カンファリーヤ

ターイフ東北165km

Qanfariyah

قنفرية

消えたアラブ部族

Lost Arabs or

 Perishing Arabs

العرب البائدة

キシュの戦い(BC 703)  センナケリブ王(705BC - 681BC) アドゥーマートゥー制圧

Battle of Kish

معركة كيش

キナー

Qina

قناء

キナーナ クザイマの息子で、キナーナ族の祖

Kinanah

كنانة

キナーナ族 バヌー・キナーナ族参照

Kinana

كنانة

キヤー

ターイフ東南東63km

Qiya

قيا

キュロス2(c. 600 BC or 576BC – 530BC)アケメネス朝初代皇帝(550BC – 529BC)

Cyrus II

كورش الكبير

キーラ

タスリース北東80km

Al Qirah

القيرة

ギーラーナ

ルマーフ南25km

Al Ghiylanah

الغيلانة

キラービーヤ

ハサー オアシスの村

フフーフ北東12km

Kilabiyyah

 

كلابية

キラーブ・イブン・ムッラ・イブン・カアブ ムハンマドの父祖(c. 373)

Kilab ibn Murrah ibn Ka'ab

كلاب ابن مرة ابن كعب

キラーブ山

タスリース南南東50km

Jabal al Kilab

جبال الكلاب

キルワ

バーハ西南西23km

Qilwah

قلوة

キングハーリド軍事都市

 

King Khalid Military City

مدينة الملك خالد العسكرية

キンダ族

カフラーン族の支族

Kindah

كندة

キンダ王国

 第一期キンダ王国(200BC AD200)

  ハドラマウトへ帰還(325 – 425)

 第二期キンダ王国(425 528)

 

Kindah Kingdom I

Kindite kings in Hadhramut

Kindite kings in Nejid

مملكة كندة

キンダ族連合

キンダ王国を中核とした部族同盟

Kindah Confederation

 

تحالف قبائل كندة

クウェイト

Kuwait

الكويت

クサイイブンキラーブ・イブン・ムッラ(c. 400 - 480)クライシュ族長、古代聖地守護者をフザーア族から引き継ぐ

Qusai ibn Kilab ibn Murrah

قصي بن كلاب بن مرة

クサイビー家(ゴセイビ家)

Al-Gosaibi

القصيبي

クサイル(コセイル)

フルガダ(Hurghada)205km

Al Qusair or

Kosseir

القصير

グジャラート

インド西部のグジャラート語の使用される地域

Guzerat or Gujarat

غوجارات

クシュ

ノアの息子ハムの長男

Cush

 

كوش بن حام

クーズ

バーハ南115km

Al Quz

 

القوز

グーズ族 月氏系の昭武九姓(ソドク人) 12世紀にメッカ・ジェッダを放逐され、アシールを攻撃したグーズ族と呼ばれ、ムーサーと戦ったのはアズド族の一部と考えるのが自然ではないか?

Ghuzz Tribe

 

أوغوز

クダーア族

カフターン部族ヒムヤル族の支族

Quda'a

قضاعة

クート カティーフにあったオスマン帝国のサンジャク ナジュド行政支庁、アハサー城壁内の1地域

Kut

الكوت

グトラ クーフィーヤ参照

Ghutrah

                     

グバイシュ

スライル西39km

Al Ghubaish

 

الغبيش

クーファ

バクダッド南170km

Kufa or Al-Kufah

الكوفة

クファール

ハイール南西15km

Qufar

قفار

クーフィーヤ グトラ参照

アラビア半島で男性が頭にかぶる装身具

Kufiyyah

クラー

バーハ州の1行政区

Al Qura Distinct

القرى

クライシュ族 ムダル族バヌー キナーナ族の支族で、キナーナ曾孫クライシュが父祖

Quraysh

クライハ

ムハーイル(Muhayil)35k

Al-Qurayhah

クライバ

タブーク西南西135km

Al Khuraibah

الخريبة

グライミール

カティーフ オアシス南

Ghuraymil

غريميل

グライミールの戦い(1790) バニー・ハーリド 第一次サウジ公国に敗北

Battle of Ghuraymil

معركة غريميل

クライヤ

 

カリーヤ

タブーク北西75kmの遺跡

Qurayyah

 

Qariyah

 

 

クライヤ

ダンマーム南50km

Qurayyah

قرية

クライヤート

ヨルダン国境の町(旧クライヤート州の州都)

Al Qurayyat

القريات